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京橋荘

Gyeonggyojang Museum image

キョンギョジャン(京橋荘)

史跡第465号の「キョンギョジャン(京橋荘)」は、大韓民国臨時政府の活動空間であり、ペクポム(白凡)キム・グ(金九)先生が逝去した歴史の場所である。
ソウル市は大韓民国臨時政府の最後の庁舎であり、ペクポム(白凡)キム・グ(金九)が逝去した歴史的な場所であるキョンギョジャン(京橋荘)を、韓国の近現代史の歴史スポットとして蘇らせ、市民の教育空間として活用すべく原型に復元した。
また、内部を臨時政府の歴史が一望できるような展示空間として構成し、2013年3月2日(土)から公開している。

キョンギョジャン(京橋荘) - 史跡第465号
所在地:ソウル市チョンノ(鐘路)区セムナンロ29、カンブク・サムスン(江北・三星)病院内
規模:〔土地〕396㎡、〔建物〕1棟(地下1階・地上2階/総面積945㎡)
建立年代:1938年

展示案内

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第1展示室 キョンギョジャン(京橋荘)の歴史

臨時政府の魂が息づく場所

キョンギョジャン(京橋荘)は、日本による植民地時代に鉱山業で大きな富を蓄えたチェ・チャンハク(崔昌学)により1938年に建てられた。
1945年に大韓民国臨時政府が帰国すると、キョンギョジャン(京橋荘)は臨時政府の活動空間およびキム・グ(金九)主席と臨時政府の要人たちの宿所として使われるようになった。

1949年にキム・グ(金九)主席がキョンギョジャン(京橋荘)で逝去した後は、中華民国大使館邸やベトナム大使館などに使用されたが、1967年から病院施設として使用された。
この時期にキョンギョジャン(京橋荘)は病院として内・外部を改造し、原型が変化した。

  • Gyeonggyojang Museum image1 『朝鮮と建築』1938年8月号。キョンギョジャン(京橋荘)の建築図面と写真を収録
  • Gyeonggyojang Museum image2 キョンギョジャン(京橋荘)の原型の模型g
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第2展示室 大韓民国臨時政府が歩んできた道(地下)

1919年3月1日、韓国民族は日本による植民地支配を否定し、「独立国」であることを対内外に宣言した。そして国号を「大韓民国」に定めて臨時政府を樹立したが、これがすなわち大韓民国臨時政府である。

  • Gyeonggyojang Museum image3 臨時政府の要人帰国記念に発表された署名布告文(1945年11月)
  • Gyeonggyojang Museum image4 下着に書かれた密書(1948年2月3日)
3
第3展示室 ペクポム(白凡)キム・グ(金九)と臨時政府の要人(地下)

K1945年11月、韓国に帰ってきたキム・グ(金九)と臨時政府の要人たちはキョンギョジャン(京橋荘)で南北の力を合わせ、自主統一の具体案を完成させるために国務委員会を続け、信託統治反対運動を推進した。また、キム・グ(金九)は統一政府樹立のために南北交渉に参加するなど、最後の努力を行っていた中、1949年6月26日、キョンギョジャン(京橋荘)で大韓民国陸軍少尉アン・ドゥヒ(安斗熙)の凶弾により逝去した。

  • Gyeonggyojang Museum image5 キム・グ(金九)の血衣(登録文化財第439号)
  • Gyeonggyojang Museum image6 キョンギョジャン(京橋荘)での大韓民国臨時政府の要人たち(1945年12月6日)
4
第4展示室 再現展示(1・2階)

地上1・2階は『LIFE』誌などの各種史料をもとに、臨時政府当時の姿で各施設を再現している。

  • Gyeonggyojang Museum image7 1階 応接室
  • Gyeonggyojang Museum image8 1階 貴賓食堂
  • Gyeonggyojang Museum image9 2階 応接室
  • Gyeonggyojang Museum image10 2階 キム・グ(金九)の居間(執務室)

開館時間

臨時休館中

観覧料

無料

住所

ソウル市チョンノ(鐘路)区セムナンロ29

お問い合わせ

+82-2-735-2038

交通アクセス

Transportation image